この仮説の反響は無い。しかし当人はだんだん確信を持つに至った。まずユカタン半島に落ちた巨大隕石は赤道に近いので地軸が傾くとは考えられないが、大陸の移動によって6500万年前のユカタン半島は、もっと高緯度にあったと思われる。回っているコマの上方に触ると、容易に軸が傾いてしまうのが解る。
ここで「ビッグ・バンク」以前を考えてみよう。仮定によって地軸が23.4度傾いていなかったのだから、地球の公転による環境の変化(四季)はなく、地球の自転による環境の変化(昼と夜)だけであった。現在よりも炭酸ガスが多くて温暖化であったが、恐竜の全盛期には地球には四季がなく、夜の気温が0℃以上であれば適応できるので広く赤道から、ある程度の高緯度まで広がっていただろう。体温の無い爬虫類は温度が下がると活動が鈍くなる。そのため、より赤道より遠い「高緯度」の低温帯は、非捕食者にとって地獄より逃れる未開の新大陸だった。低温で生きられるものが出てくるのは時間の問題だったろう。自家発熱をおこなう新型恒温の哺乳類が、暖かい世界から追われて出現した。低温が克服できれば、より高緯度で寒いところでも生きられる。かくして、保温・防温が目的の有毛動物、鳥類や獣(けもの)の類が、爬虫類の来ない低温・高緯度に住んでいたのではないだろうか。
巨大爬虫類に追われた多産系の哺乳類の一派は発毛して保温に成功し、より寒い高緯度地帯に広がったが、失敗した一部は巨大爬虫類のいる低緯度帯に残らざるを得なくなり、「逃げ回る裸のサル」として気温37℃前後の地帯の「樹上」に逃れた。爬虫類全盛下の低緯度地帯での「裸のサル」は地上の恐竜を恐れ、森の中の樹上で木の実を主食していたが、同じ樹上の捕食者「蛇類」には相当悩まされたと思われる。人に「蛇嫌い」が多いのは、この頃の樹上を逃げ回る原体験から来たのではないだろうか。一方では捕食者から逃れるための視覚情報処理機能と手足の運動機能が頭脳を発達させたと思われる。
さて、地軸が傾いていない時期が長く続くと、木星の様に異なる緯度に、気候による層が出来る。生物界もある層に発生して適応し、その層に広がり、増殖が限界に近づくと、その捕食者が出来て調節されるが、別の層に逃れた非捕食者が、その層に適応出来たものが広がって行く。やがて安定した棲み分けが行われるが、再び外的な環境が変化すると層の混合が起こり、次の安定した環境に適応した別の秩序を形成するのではないか。
ここで巨大隕石との衝突が起こった。地軸の傾く大変動により起こった四季を伴う大気候変動は巨大植物の枯渇と気温適応範囲の狭い恐竜を滅亡させ、寒冷化に強い哺乳類が残った。巨大な常緑のシダ類・ソテツ・イチョウ・針葉樹類がなくなった多くの森林は平原となり、「裸のサル」は恐竜の絶滅した草原に、森から出て二本足で歩き始める。
常緑の広葉樹は比較的高緯度地帯で、葉の面積を広げて広葉照葉樹林を造っていたが、「ビッグ・バンク」以降に初めてやってきた冬という変化で「落葉する植物」が出現した。「裸のサル」は歩いたり木から落ちないため必要であった前足は、平原に立ち上がって手となり、前足から小脳に入っていた情報は、視覚から大脳に入り、更に頭脳は発達する。