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日本国民は世界でもっともお風呂を愛する国民だと言うことであるそうです。また、同様に温泉をも愛する国民であると言われています。世界中に温泉は存在しており、特にギリシャにも古代より温泉が人為的施設として存在しており、それらは現代でも政府によって保護され積極的に利用されているそうですが、日本の温泉はそれとは異なり独特の文化をもって現在に継承されていると言えます。

国内では遠い昔からそれは湯治と称して医療の発達していなかった時代の貴重な「医学」の分野でもあったと言われています。始まりは神話的な要素が大変強く伝えられていますが、実際には国内の温泉は山岳部にも多く平野部や海沿いなどの温泉ならば平素の発見に於いて何ら不思議なことはありませんが、草津温泉のような深い山あいの場合には大変な偶然がなければ発見することはなかったことと思えます。

それゆえに古人の偉大な人物が発見者として登場してくることとなってしまいます。普通に考えれば、狩猟民族であった頃、山に分け入って獲物を探す人々が発見したとしても何ら不思議はない場所です。何よりもよほどのことがない限り遠方から直視できる限りに於いて草津の土地は稜と稜の狭間にあり例え湯煙であったとしても視界に入ることは容易ではなかったと思われるのです。

草津温泉は行基が発見者であると言われています。また、源頼朝も同じく発見者であると言われています。行基という人物は草津温泉の他にも大変多くの温泉について発見者であると言い伝えられているようです。事の真実はともかく、古には体安めとして、またその体安めが血行を促進したりする事による良い影響が取りざたされて薬泉として広まり、外傷などに効果があることが解ってくると今度はそれに近い症例の人々が通ってくるようになる。さらには突発的な外傷の人々にと止まらず宿痾を抱えた人々が足繁く通ってくるようになってきたと考えられます。これが湯治の始まりではないでしょうか。

湯治と療養は接続してひとつの熟語として用いられる場合が多くあります。しかし色々と調べてみるとどうやら少し異なっているようです。様々な文献やフォーラムを読みふけってみるとそれは国語としての解釈の違いではなく、医学的な物であるらしいことが感じ取れます。湯治とは体験的に積み上げられて経験値から効果があると思われる事に対して行われている性格が強く、それは日本の温泉に関わる人々の接し方の形として伝承される物であり、療養とは明治以降の日本陸軍が招聘したドイツ陸軍の軍医らによってもたらされた近代医学と昭和以降の近代科学に依って研究科学された裏付けをもって立証或いは推察される根拠による学術的要素の強い物であるらしいのです。ちなみに草津温泉では保養という考え方を形として具現化している施設はベルツ通りにある中沢ヴィレッジが最初であるようです。

このような背景とは別にヨーロッパでは保養という言葉も近代国家の中で育っていました。これは今で言うリラクゼーションの意味合いが強く、体の健康と共に心の健康に深く関与している物で、温泉だけではなくその回りの自然環境をも含めて考え、人間を取り巻く総括的な環境を以て心身共に自然の一部の如く存在することにより感情、身体の健康を取り戻そう、或いは持続させようと言う趣旨の考え方です。

翁の湯

(おきなのゆ)
源泉:湯畑
喜美の湯

(きみのゆ)
源泉:湯畑
白嶺の湯

(しらねのゆ)
源泉:湯畑
こぶしの湯

(こぶしのゆ)
源泉:万代鉱
巽の湯

(たつみのゆ)
源泉:湯畑
千代の湯

(ちよのゆ)
源泉:湯畑
関の湯

(せきのゆ)
源泉:湯畑
白旗の湯

(しらはたのゆ)
源泉:白旗
長寿の湯

(ちょうじゅのゆ)
源泉:湯畑
町営の湯

(ちょうえいのゆ)
源泉:万代鉱
地蔵の湯

(じぞうのゆ)
源泉:地蔵
千歳の湯

(ちとせのゆ)
源泉:湯畑
つつじの湯

(つつじのゆ)
源泉:万代鉱
凪の湯

(なぎのゆ)
源泉:西の河原
睦の湯

(むつみのゆ)
源泉:湯畑
煮川の湯

(にかわのゆ)
源泉:煮川
瑠璃の湯

(るりのゆ)
源泉:湯畑
恵の湯

(めぐみのゆ)
源泉:万代鉱
   

草津温泉街と周辺の共同浴場配置図

草津温泉街の共同浴場は町或いは住民の寄付などによって建設、運営維持されている物が少なくありません。元来地元住民に対する公共福祉という立場から設置されている物が多く観光や湯治客の利用はできない時間帯などもあります。マナーを守って利用したい物です。

 
   
   
   
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